月から落ちた死体の男
第三幕 愛想
今日も今日とて、アヤヒメの部屋には少年と少女が訪れていた。
明らかに少女に好意を抱いている少年は、ダカナ・レンヤ。のほほんとした少女はホシイ・ミア。それぞれ十五歳、十四歳と、十六歳のアヤヒメよりもわずかに年下である。
三人でいる理由は、よくわからない。でも、これで結構いいバランスは取れている。七人だけの避難生活なんてわけわかんない状況において、この関係はアヤヒメの精神の拠り所になっていた。
ここでやっていることといえば、アヤヒメとミアが延々と喋りつづけ、時々レンヤの意見を聞く、といったようなもので、レンヤの特殊な意見は聞いてて面白かったりする。
「だからねぇ、あたし、数学って絶対無駄な勉強だったと思うのよ。社会に出たって使ってないもの」
なんてことを言うのは、星間移民船エデンにおいて、学校を卒業していたアヤヒメ。
「そうですか? でも、いろんな勉強をしてれば、将来の可能性が開けるじゃないですか」
と、偽善者のような台詞を純粋な瞳で語るのは、地球から冷凍睡眠で眠りつづけていた常識知らずの箱入り娘、ミア。
ふと、アヤヒメはレンヤに意見を求めることにした。
「あんたはどう思う?」
レンヤはけだるそうな瞳をアヤヒメに向けると、暫く口を開けっ放しにしてから、すらすらと意見を述べ始めた。
「日常の生活で使う数字を学ぶ算数に対して、あくまで学問である数学は、数学的思考、要するに順路だてて物事を考える力や、ある一つの事象を多角的に眺め、考えることができる力とかをを養う為にあるものであって、普段は気づかなくても、多少はいい影響をもたらしてると思うけど。まあ、専門の学者の動機となると、哲学の領域に踏み込むんだろうけど、学生としてはこの程度の心構えでいいんじゃないかな。勉強して、まるっきり無駄ってことは無いと思うよ」
アヤヒメは暫く眉間にしわを寄せた後、きっぱり言った。
「わけわからん」
それに対して、ミアは全く違った反応を見せる。
「私は、とてもよくわかりましたよ」
「そう。良かった」
そう言うレンヤは、満面の笑みを浮かべている。
まったく、なんてわかりやすい子なのだろうと、アヤヒメは思った。ミアに対する好意がここまで素直に表れるとは、憎らしいほどに純粋な少年である。
「でもさ、公式とか絶対使わないじゃない。例えば、Σやsinでr乗とかって、まず使いっこないって」
「ですから、公式自体は使わないでも、その考え方は使ってるんですよ。ですよね?」
その問いに微笑みながらうなずくレンヤを見て、ミアも満面の笑みを返す。一瞬、疎外感を感じたアヤヒメは、慌てて割って入った。
「でも、公式の展開なんて暗記物じゃない」
「それは……」
言葉に詰まったミアは、レンヤに視線を向けた。レンヤは少し真面目そうな表情になって、またすらすらと意見を述べ始める。
「公式はただ覚えるだけでなく、問いからその公式へと至る過程を正確に理解すれば、あらゆる分野に応用することができるようになると思うけど」
「う~ん……へ理屈屋め」
「理屈で、道理だって」
その時、部屋の中に電子音が鳴り響いた。通信が入ったのだ。
三人はお互いに顔を見合わせ、やがて、アヤヒメが《ウォーム》を操作した。
「はい」
画面には、コガの姿が映し出された。通信の発信元は食堂になっている。
『ちょっと、食堂の方へ集まってくれないか』
「なんで?」
アヤヒメは、強制されない限り敬語は使わない。
『緊急会議があるんだ。詳しいことは、下で説明する』
下とはつまり、食堂のこと。食堂はこの部屋の一階層下にある。
『お、そうそう、ホシイ・ミアがいないようなんだが、もしかしてそっちにいるのか?』
「うん、いるわよ」
「どうも」
アヤヒメの肩の後ろから、ミアが顔をのぞかせた。
『そうか。じゃあ、ホシイ・ミアも来てくれ』
「あ、あとレンヤもいるから」
ミアに変わってレンヤが顔を出し、軽く会釈する。
『ほぉ?』
コガは驚きの声を上げ、目を丸くした。暫くすると、なにやら納得したようで、しみじみとうなずいて見せた。
『若いってなぁ、いいことだ』
「は?」
『いや、なんでもない。ちょうどいい機会だな。すぐ来てくれよ』
そのまま問答無用に通信をきってしまう。
「いい機会って……? ま、とにかく、行きましょうか」
「はい」
レンヤは返事を返さなかったが、別に気にしない。
というわけで、三人は食堂へと向かった。
食堂にはすでに、コガとハルカとサツが待ち構えていた。
「ま、座れ」
言われるままに、三人は席につく。
「さて、んじゃ始める」
「あれ、一人足んないでしょ?」
「ああ、カミエだな。彼女は来ない」
「ふ~ん」
別に誰も興味が無いようで、この話題はすぐに終わった。
「んで、本題に入るわけだが……え~……」
暫く躊躇っていたコガだったが、やがて意を決すると、一つ咳払いをしてから軽い調子で話し始めた。
「コノエ・ハルカが身篭った。父親はキグイ・サツだ」
「ぅえ!?」
「まぁ!」
「…………」
アヤヒメとミアは驚きの声を上げ、レンヤは黙って軽く目を見開いた。元から知っていた三人はとりあえず何の反応も示さない。
コガの説明は続く。
「ここで、子供を産むかどうかについて話し合いたい。最終的には多数決をとろうと思うんで、とりあえずコノエ・ハルカの主張を聞いてくれ」
コガの言葉が終わると同時に、ハルカが立ち上がり、一言目を発した。
「私は産みます」
暫く間を空けてから、続ける。
「私たちは生物である限り、子孫を残すべきだわ。私には母性というものがある。この子には幸せになってほしいし、幸せにする自信もあるわ。産ませて。産めないのなら、私が生きている意味はなくなってしまうわ」
「次は俺が、反対派代表でスピーチする」
まだ話そうとしていたハルカを遮るように、コガが立ち上がった。ハルカはコガをきっ、と睨み据えたが、言うべきことは言ったからか、そのまま席についた。
コガは目を閉じて深呼吸すると、第一声を発した。
「産まれて来る子供は不幸になる」
ハルカの後に、いきなりな一言だった。
「ここの環境は異常だからだ。自然界の法則は一切適用されない。この環境で育った人間は、自己のアイデンティティを確立しきれない。何故なら、その子供が自己を対比できる対象が存在しないからだ。ホシイ・ミアとでさえ十五歳の開きがある。これは親子でもおかしくない程の差だ」
「いや、おかしいって」
つっこんだのはアヤヒメである。
「おまえらのところ……エデンじゃおかしかったのかもしれないが、地球ではおかしかない。十二、三でも産む奴はいる」
「うぇ~」
この事実に驚いて見せたのは、アヤヒメだけだった。レンヤは教科書馬鹿なので知っていたようだし、ハルカも知っていたのか軽く頷いて見せた。サツはよくわからないが、いつも通りの微笑を浮かべている。
「でだ、産まれて来る子供は、自分と対比できる相手がいない。これは集団の中の孤独だ。暫くは問題が無いとしても、第二次性徴が現れる頃、要するに思春期頃になると、これは大きな問題になってくる。まず、精神は未発達なままだろう。周りを大人たちだけに囲まれ、いつまでも子供のままか、不自然に大人のふりをするか。どちらにしてもその精神は不安定なものとなる。その歪みがいずれ抑えきれなくなり、弾け、砕ける。実に不幸だ。で、あるからして、俺は反対するのである」
コガの言葉を正確に理解できたのは、恐らくレンヤだけだったろう。他の皆は戸惑ったような表情をしている。
「んじゃあ、質問その他を受け付けよう」
暫しの沈黙の後、レンヤが手を挙げた。
「なんだ?」
「はい。意見なんですけど……幸不幸というものは、主観によってその基準が大きく変じるものだと思います。現段階では、どちらとも全く判断できないことで、それを基準に論じるのは不合理だと思うんですが」
「ふん、なるほどなぁ」
コガはじぃっとレンヤの瞳を見つめる。やがてレンヤが口を開いた。
「なんですか?」
「いやなに、知り合いに似てんだよ、お前。頭のいい女でな」
そういうコガの表情は、今までになく和やかなものだった。優しげで、愛しげだ。
コガは大きく息を吐き出した。
「まあいい。確かに、子供の幸不幸は確定しきれないのは確かだ。だが確定した判断材料なんかは、そもそも無いんだ。その上で、各々は主観的に物事を判断してくれ、と言う他にはない。他に意見や質問のある者は?」
コガがぐるりと見回す。皆、意識してなのか、自然になのか、微妙にその視線から目を逸らしている。
「……無いようなので、決を採る。それぞれ理由も答えてもらおうか」
「なんかあのオジさんって、学校の先生みたいよね」
アヤヒメが、隣に座るレンヤに囁いた。レンヤはちらりとコガを窺った後、一言。
「確かに」
ちなみに、エデンの学校に生身の教師はいない。ここで言っているのは映画などに出てくるイメージの中の教師の話である。
当のコガは、この少人数を相手にするには不釣合いな大声を上げた。
「え~、出産に賛成の奴!」
アヤヒメは、迷っていた。彼女は今の生活環境にひどく満足していた。わざわざ変化を受け入れる必要は無い。だが彼女には一抹の不安がある。ミアとレンヤが、これ以上親密になった場合。もう、間に自分の入る隙間がなくなってしまうのではないか。それは、恐怖だ。
アヤヒメにとって、絶対の恐怖は唯一、孤独だった。独りでいることが出来ないのだ。いつからこうなったのかはわからないが、独りでいるとたまらなく不安になる。流行に乗り、他の人間と一緒にいるとひどく安心する。
ミアとレンヤが二人だけの関係を築いてしまったとき、自分に拠り所はあるのか。ハルカやカミエとは反りが合いそうにない。コガかサツの元へ行くということもできるかもしれないが確証はない。あるいはミアを押しのけて、レンヤを奪えれば行幸だが、それは恐ろしく困難だろう。
アヤヒメの迷いはつまり、産まれて来る子供を手懐けておけるかどうか、ということに尽きる。子供に自分を慕わせることができれば、孤独の恐怖は遙に遠のく。ただ、慕わせることが出来なければ、それは今の生活すら脅かす、変化の要因となる。
アヤヒメは周りを眺めた。賛成に手を挙げているのは、ミアとサツ、それにもちろんハルカ。いまここにいるのは六人。自分が手を挙げれば、決まる。
アヤヒメは、手を挙げた。三人目の反対になるより、四人目の賛成。アヤヒメは、多数につくことを良しとする。
「んだよ……理由は?」
まずは、ハルカから。
「私は、さっき言ったとおりです」
続いて、サツ。
「私は、コノエ・ハルカさんの味方になると約束していますから」
席の並びから言って、次はアヤヒメである。とりあえず、思いつくままを口にした。
「いいじゃない、賑やかになった方が」
コガの目つきが鋭くなった。
我ながら不謹慎かとは思うが、こんな理由しか思いつかない。
次のミアの意見は、聞きようによっては最も不謹慎なものかもしれない。
「え~と、将来の夢がお母さんで、あの、いいと思いますけど」
この言葉に、レンヤがわずかに微笑んだが、コガはあからさまに眉根にしわを寄せた。
「……一応、レンヤの反対の理由も聞こうか」
コガに渋い表情を向けられたレンヤは、元の無表情に戻って、予想外の言葉を口にした。
「僕は反対じゃありませんよ」
「なに?」
コガの表情に表れていた憤りが、驚きに入れ替わる。
「棄権です。理由は、さっき言った通り。現段階では何も予測することは出来ない」
「そりゃそうだが、わざわざリスクを負うこともないだろ」
「産まないことにも――」
そこで一旦言葉を区切ったレンヤは、ちらりとハルカを窺った。
「――リスクはあると思いますから」
「……そうか。そうかもしれん。まあいい。しょうがない。どうとでもなれ。ちくしょう」
そして、コガはエレベーターに向かった。
ふと、途中で振り向いたコガは、先程とは異なる、人のよさそうな笑顔で、その場の全員に問い掛けてきた。
「誰か、紙、持ってないか? 硬くて、薄い」
残念ながら、皆首を横に振る。
「そうか」
コガがエレベータに乗って出て行くと、皆、バラバラと食堂を後にした。
ホンカミイ・アヤヒメは、二人の女、三人の男とともに、毎日を適当にぶらついていた。
エデンは蟻の巣のように、通路と部屋が組み合わさって出来ている。一部運動場や遊園地など以外、ほとんど同じ広さの通路と部屋ばかりである。
その日、彼女たちが歩いていたのは、少しは見栄えのするデパート地区である。ここの通路は両側がショーウィンドウになっており、まあ、いつだかの言葉でいえばウィンドウショッピングなんて物をしていたわけだ。
「あ、この服カワイくない?」
アヤヒメの言葉に、女の一人が相槌を打つ。
「うん、アヤちゃんに似合いそー」
「でもお金無いんだよね~」
とかわざとらしくいいながら、一同の中で金銭管理をしている男の顔を、上目使いにじぃっと眺める。男の方は目を合わせないでいたが、なおもじぃっと見つめられると、一言。
「……駄目だぞ」
そのままじぃっと見つめていると。
「……だ~め~だ」
更にじぃっと見つめていると。
「…………今回だけだぞ」
「ありがと~! ん~ん」
アヤヒメはそのまま、頭一個高い男の頬に、続けざまにキスをした。
「わっ、や、やぁ、めろぉ!」
男が慌てる様を見て、そこにいた男女は笑った。
アヤヒメを引き剥がした男は、多少呼吸を乱しながら疲れたような表情をして、
「……お前って奴は」
「私って奴は?」
「う……」
聞き返されると、男は言葉に詰まった。
「……なんでもないよ」
彼は、くそっ、男って不利だ……とか小さく呟いた。
「じゃ、入ろ入ろ」
「ああ。皆は、適当にぶらついててくれ。……ごめんな」
「謝んなよ。悪いと思うならやんなっつーの」
「いや、まあそうなんだけど……」
「良いって思うんだろ? だったら心配すんな。俺たちだって良いって思ってんだからよ」
俯いた彼の手を、アヤヒメが引っ張った。
「まあ、そういうことだから早く行こ」
「お前が言うな」
彼は精一杯不機嫌そうな声を出したのだがしかし、アヤヒメは取り合わない。
彼ら六人は、共同生活を営んでいた。よく誤解されるのだが、男女的な関係は一切ない。一度だけ、乱交パーティーの真似事をしようとした時があったが、黙々と服を脱いでいるうちに興醒めし、自分たちには向かないと、取り止めになった。彼らの間の感情を、強いて言葉にするならば友情だろう。家族愛も近いかもしれない。
エデンでは金銭を得る為に労働は必要では無い。そもそもエデンは、人間の労働が必要なほどには労働力も物資も不足していない。人々は無償で、月々いくらかのお金を支給される。そのいくらか以上の金額が欲しいとなれば、なんらかの労働をすることはある。風俗営業を行う者が最多だが、芸術家などをやってみるものもいる。確かに、機械で作れるものには芸術性はなく、感性に訴える作品を作れれば価値を持ちそうだが、芸術家で成功した人間はエデンにはいなかった。ちなみに、絵を書くときにも紙は使わず、画面に描く。
ともかく、人々は無償で得られる一定の金銭をやりくりするだけで暮らしていけた。
労働する必要が無いエデンで、学校を卒業しているアヤヒメたちの生活はどんなものか。まず、色々と許可を取って、二つの部屋の仕切りを取り払った大部屋に六人で住んでいる。そして、そこに運び込んだ巨大なベッドで、六人全員が一緒になって眠る。もちろん、健全な男女が広くはない場所で一緒に寝れば色々と感ずるところがあるが、全員その興奮やくすぐったい感情を楽しんでいる。健康診断や栄養調整の為に、三日に一度は《ウォーム》で寝るようにしている。朝、窓はなくともタイマー設定で徐々に明るくなってきた部屋で起床すると、女性陣が食事の仕度をし、男性陣は食後、片付けをこなす。それから寝るまでの時間は、風の吹くまま気の向くままに、駄弁って、ごろつき、だれて、遊ぶという、目的というような目的を持っていない行動をする。夜になると部屋を薄暗くし、ベッドの上でじゃれ合う。
この生活を送るアヤヒメは、ひどく幸せだった。
だが、ある日その空間に亀裂が走った。
《ウォーム》で通信を受けた男が、真面目な表情で、ゆっくりと全員の顔を見回した。
「……皆、落ち着いて……落ち着いて、聞いてくれ」
皆、その只ならぬ様子に緊張した。その様子を確認して、男は掠れた声で告げる。
「ロシャがし…………死ん……だ」
ロシャとは、その時部屋にいなかった男である。しょっちゅう外出していた変わった男で、自分のことを旅人などと称していた。なんでも彼が言うには、エデン内に百八ある区画の作りはそれぞれ、微妙に違うらしい。実際は同じはずなのだが、とにかく彼は違うと言い張った。そして、百八区画全てを実際に歩き、写真を撮って、記録としてまとめるのが夢なのだそうだ。ついこの間、今アヤヒメたちが住んでいる二十三区までの記録が終わり、この調子なら死ぬまでに十分間に合うと言っていたところである。
その彼が、路上で暴行を受けて死んだのだという。
皆、泣いた。とても、とても悲しんだ。女の一人は、大声を上げて泣いた。もう一人の女は、毛布に顔を押し付け、体を震わせていた。男たちは声は上げなかったが、涙を流した。憤りに任せてベッドを殴りつけたりしていた。
アヤヒメは、ただ一人涙を流さず、呆然としていた。いち早く涙を押し止めた男が、アヤヒメの瞳を覗き込む。
「大丈夫か?」
「……あ、うん……」
「しっかり、な」
「……うん……」
「……泣いてもいいんだぞ」
「……涙……でない……」
「そうか」
短く答えると、男はアヤヒメの背中に手を回し、軽くぽん、ぽん、と叩いた。すぐに腕を引っ込めると、側の椅子に座り込んでしまった。泣きたい者たちには、気が済むまで泣かせようとしているらしい。
アヤヒメの方は、実はロシャの死とは別のことに対して衝撃を受けていたのだ。
あたしは、あなたたちが死んでも泣けない。
そう思った。わけがわからなかった。
自分が死んでも彼らは泣くだろうか。きっと泣くだろう。だが、彼らのうち誰が死んでも、アヤヒメは泣けないと思った。
このときアヤヒメは、ようやく気付いていた。自分は、彼らに特別な感情を持って一緒にいるのではないのだ。
何故一緒にいるのか。一緒にいると楽しいからだ。独りでいると楽しくない。何故独りでいると楽しくないのか。独りでいるとつまらない。話が合うから楽しい。不安を感じるときがある。話が合わないと不安になる。一緒にいると安心する。寂しいと辛い。疎外感が怖い。話を合わせるのは得意。どこかで悪口を言われていそう。誰もが自分を忘れている。じゃれていると笑える。独りで笑うのは変。話していると考えないで済む。考えるのは嫌なこと。周りが悪い。彼らは悪くない。一緒にいる。独りは嫌。でも違う。あなたが死んでも、泣けない。
アヤヒメは、足元が崩れる思いだった。自分の拠り所がすべてなくなっていく。
結局、アヤヒメはこの事態を開き直りによって解決した。
自分は他人と一緒にいる。それはただ単にそれだけの行動で、何の感情も関係なく、誰かと一緒にいること、それだけが重要なのだ。
自分は、そういう人間なのだ。
そしてアヤヒメは、エデンで事故が起こると偶然に助かった。他の者たちは死んだらしい。しかしやはり、アヤヒメは、泣けなかった。でも少し、泣きたいと思った。泣いてあげたいと思った。それが彼女の持つ友情の全てであった。
アヤヒメは、エレベーターを降りると、レンヤの部屋に向かった。
レンヤがミアとくっつくのを黙って見ているつもりは無い。リスクの無い範囲でならば、行動をしなければ。
一歩、踏み出したときだった。
背後でエレベータの開く音がした。
振り返ろうとした矢先、後頭部に強い衝撃が走る。最初は視界のぶれ。次に息が詰まり、床に倒れたのだと気づいた。そして、最後に痛みが襲い掛かって来ているのを理解する。
血は脂汗に混ざり、流れ落ちていく。
まわりでなにかの警報が鳴り響いているようだが、それが本当に鳴っているものかどうかはわからなかった。どうでもいいことだ。
必死で眼球を動かし、その人を視界に捉えた。ぼやけた視界で誰かはわからないが、確かに人影が映っている。
アヤヒメは思う。最期に、独りではなくてよかったと。自分を殴りつけた相手が、自分を看取ってくれる。独りではないことが確認できて、とても安心した。
二度目の衝撃で、彼女の世界が終わった。
その瞬間、ふと自分の死に対しては誰も泣かないのではないか、と思った。