月から落ちた死体の男
第五章
殺された者の友
サックルの埋葬には、参加しなかった。
三日が過ぎ。
レンヤは農作業にも参加することなく、以前の生活に戻っていた。
そっとしておいたほうがいいと思っていたメイも、ついに耐えかねて話し掛けてきた。
「レンヤさん」
落ち着いたようでいて、どこか怒っているような声。ベッドの隣に立っている為、上体を起こしただけのレンヤを見下ろす形である。
「……あの場合は、仕方がなかったですよ」
「本当にそう思えるのか」
無抑揚な声で問われると、メイは眉根を寄せて、呟いた。
「…………思えません」
沈黙。
「……でも、塞ぎ込むのはよくないですよ」
「もし……」
……また、沈黙。レンヤは言おうとしていることを言うべきかどうか迷っていたが、沈黙に背中を押され、口を開いた。
「……もし、あの男を愛する人間がいたら……そう思うと、あれは許されざる行為だったのではないかと思うんだ」
その言葉に、メイは――レンヤにとっては――関係ない言葉を返した。
「愛していた人を、失ったんですね」
レンヤは躊躇なく言い返す。
「違う。愛している。今でも」
メイは……ひどく悲しそうな表情をした。が、俯いているレンヤはそれに気付かない。
「でも……その人を失ってしまった」
「ああ」
自分でも驚くほど、すんなりと肯定することができた。
自分はミアの死という事実を、もう受け入れている……そう気付いた。
それどころか、そのことを人に話したがっていたのかもしれない。あの男を愛する人間がいたら……その言葉を口にしたのは、このことをメイに言いたかったからかもしれない。
なぜ言おうとしたのか。言うことによって、自分が彼女の死を悲しんでいること、そしてなにより彼女を愛していることを、はっきりさせたかったのだろう。それに、自分だけの胸から言葉を解き放つことは、苦悩をいくらか軽くしてくれた。
メイの方は逆に、沈んだ気分になっていた。
「……レンヤさんは、何でここに篭もっているんですか?」
レンヤはゆっくりと顔を上げた。訊かれるとは思っていない質問だった。
「――わからない」
嘘だった。
最初はショックがあった。だが今は、単に自分は悲しんでいる、不幸な気分だということをアピールして、人を殺した罪悪感から逃れているに過ぎない。
メイも、そのことがなんとなくわかっていた。
「人を殺した後、不幸になることだけが償いじゃありませんよ。もやもやした感情を一切捨て去って、実りある人生を歩むことも償いになると、少なくとも私は思います」
「……俺は、ここにいると、そのもやもやした感情というのを薄めていけるんだ」
「そう。時が解決してくれる、ということはあります。……でも、傍から見ていると、なんだか、こちらの気分も沈んでしまいます」
「……俺に何をさせたいんだ?」
その問いにメイは、かつてレンヤの言った言葉を、恐らくレンヤの声を真似ているのだろう、心持ち低めの声で言った。
「当たり前だ。泣け」
「…………」
「…………駄目……ですか。やっぱり」
「いや。ありがとう。これから畑の方にも出てみる」
「あ、はぁ」
レンヤが立ち上がっても、メイはいまいち釈然としない様子で、
「本当にいいんですか?」
レンヤには質問の意味がわからなかった。
「あの、レンヤさん、無理してませんか?」
不思議そうな表情をしたまま、否定する。
「いいや」
「そう……ですか」
どうにもはっきりしないメイを残して、レンヤは倉庫の外に出た。
「レ~ン~兄ぃ!」
怒ったような声。実際に少し怒っていた。
「寝すぎ!」
言った後、にかっ、と笑って、
「おはよう」
レンヤはリンの様子が何を表しているのかよく理解できなかったが、
「おはよう」
挨拶を返した。
「でさ、レン兄ぃ。やっぱ剣は必要だよな」
「剣?」
何を言い出すのだろうか。レンヤには連想できるものは何もない。
「そうだよ。剣。だってレン兄ぃ、《ソード》の攻撃、かわすしか出来なかったじゃん。せめて受け流すくらい出来る剣が必要だろ」
リンはレンヤの罪悪感だとか何とかを、全く気にしていない様子で話している。
レンヤは少し安心した。自分なりに決着をつけた今、妙に気を遣われるのは嫌だった。
「剣か」
「そうそう。だって、あいつの話からすると、これからも〈ソード〉が襲ってくるんだろ? 剣の一本や二本ないと」
はっ、とした。自分は襲われるということを、忘れていた。
レンヤは少し考え、すぐに結論を出した。
「レン兄ぃ、聞いてる?」
「リン。俺は旅に出ようと思う」
「ワタビニデヨオ? ワタビ……ワタビニ……旅に出る!?」
レンヤはうなずいた。
「俺がいたら危険だ」
「んなことないって! 皆は俺が守るし、それに皆だって強いし、楽勝だよ」
周りに寄ってきていた子供たちも、不安げな眼差しを向けてきた。子供たちは実質二日ほどしかレンヤと時間を共にしていないが、皆を守るために戦い、無愛想だが悪い人間ではないレンヤをそれなりに慕い始めていた。
「楽勝じゃない」
そう言ってレンヤが視線で指し示した先には……サックルの攻撃で、黒く焦げた大地があった。あそこにもとのように草が生えるには……まあ実のところ、一ヶ月あれば十分である。
この孤児院にある植物は大抵が進化種である。進化種の植物は基本的に成長速度が滅多やたらに速い。孤児院の畑で毎週野菜が収穫できるのもそんな理由である。
だが、そこに居たのが人間だったならば、どれだけの時間をかけようと取り戻すことは出来ない。
「いつ、人間に被害が出るかわからない」
「でも、さ、でも、でも、でも……」
言い返す言葉が見つからない。なんだか情けなくなった。
「でも……あ、でもさ、剣を手に入れるまではここにいなよ」
「どこかで手に入れる」
「レン兄ぃ、一応言っとくけど、金属ってのはすっげー貴重なんだぜ? いや、レン兄ぃの場合それだけじゃない。金属精製やら加工やらの技術って、SS社が独占してんだから」
「……SS社とは何だ?」
「え……マジ? あ、そっか、レン兄ぃ、ここの人じゃないんだ」
リンの中では、レンヤは銀月の人間だということは確定事項である。
リンはSS社について説明を始めた。
「SS社ってのは、えっと、要するに多角経営ってーのかな。主な商品は金属製品だけど、遺跡から発掘される妙な道具も扱ってるんだ。あの男が持ってた《ソード》もその一つらしいけど、ま、これは噂。ほら、ここで使ってるこの鍬とかも、鉄の部分はSS社製。釘も全部SS社製。キッチンで使ってる金物もSS社製ね。で、〈ソード〉って軍隊もSS社の商品なんだ。傭兵派遣をしてるんだよ。〈ソード〉っていうのは、《ソード》っていう武器を持ってる部隊で、あとSS社のSSっていうのは、SWORD&SHIELDっていって、名前の通り〈シールド〉って部隊もあるんだ。これはなんか、後方支援とかそういうのをするみたいで、使ってる道具は《シールド》って呼ばれてる。でも、形は盾の形してるわけじゃないらしいよ。あ、《ソード》だって剣以外の形してるのもあるとか。まあ、両方噂だけど。なにしろ〈ソード〉も〈シールド〉も目にする機会ってめったに無いからさ。だからまあつまり、SS社に狙われてるレン兄ぃが剣を手に入れるのって、すっげーリスクデカイと思うんだよ」
これだけ長々と喋ったのだが、レンヤは一言、
「剣には心当たりがある」
それだけ言うと、どこかへ歩いていってしまった。
「研ぎ石、ですか?」
「ああ」
「ありますけど、一応」
答えたメイがキッチンの棚を探すと、奥の方に艶のある黒い石を見つけた。縦八センチ、横二十五センチ、高さ四センチほどの直方体。
「貰えるか」
「ええ、どうせ使っていませんでしたから。ですけど、一体何に使うんですか?」
「……剣を研ぐ」
「あ、リンが言ってたことですね。剣、手に入ることになったんですか?」
レンヤは暫く黙り込んでから、
「まだ、わからない」
「そうですか」
沈黙。
レンヤはまだ、メイにここを出ることを伝えていなかった。
今は、子供たちは仕事に出ていて、家の中にはレンヤとメイだけである。今、言わなければ。
「――メイ」
「え……」
呼びかけると、メイが目を真ん丸くして、口を半開きにして、まあ要するに驚愕の表情を浮かべていた。
そんな表情をされるのはこの後の言葉を出してからだと思っていたレンヤも、驚いてしまった。
「……どうした?」
「私……私の名前、呼んでくれたの、初めてですよね」
「そう、か?」
そんな気はしなかったが、言われてみるとそうかも知れない。
「嬉しいです」
そう言うと、メイはにっこりと笑った。柔らかく、暖かい笑顔。
「あ、すみません。で、なんですか?」
「…………」
……恐ろしく言い難かった。こんな状況で相手が悲しむようなことをさらりと言える男なんて男ではない、というくらいに言い難い。
レンヤが言葉に詰まりながら彷徨わせていた視線がメイの視線と交わると、彼女は目を少し大きくして、どうしたの? と問うような表情を見せた。
いっそのこと出て行くのをやめようか、とさえ考え始めたとき、扉が開かれた。
「レン兄ぃ!」
リンだった。
「あのさ、もう止めない。レン兄ぃだって大人だもんな。ここから出てったって仕方ない。でもさ、無事でいてくれよ。そんでさ、これ、やるよ」
硬直してしまったレンヤに向かって、リンは外に出かけるときに着ていたジャケットを差し出した。
「たぶん、サイズは合うと思う。もともとは昔ここにいたシー兄ぃって人のお下がりなんだ。あ、お下がりのお上がりなんて嫌か?」
「……いいや、ありがとう」
なんとかそれだけ言ってジャケットを受けとったが、メイの方は固まってしまったまま、まだ我に帰っていなかった。
「あとさ、薬草も持ってけよ。そう、ちょうどレン兄ぃと初めて会ったとき採りに行ってたやつで、病気に効くんだ」
「ああ……」
「いくら怪我がすぐに治るったって、病気は怖いもんな。でさ、レン兄ぃ、絶対帰ってきてくれよ。死にそうになったらいつでも戻ってきていいからな。な、メイ。……メイ?」
「え、ああ、そうね。で、あの、えと、何の話ですか? あ、夕飯はシチューかしら」
ずいぶんと混乱している。
「……俺がここにいたら危険だ。旅に出る」
「メイ。旅に、出る、だよ」
リンは自分のときの教訓を生かし、メイに丁寧に教えてあげた。
「こ、こ、こ……そうね」
最初の「こ」は一体なんだったのだろうか。
「えぇ~と……レンヤさん」
がっちしと視線を噛み合わせた状態で、一秒、二秒、三秒、四秒、五秒……先にレンヤが視線をそらした。
「何だ?」
「それは、その……レンヤさんの愛していらっしゃる女性に関係のある話なんですか?」
レンヤには予想外の質問だった。
「……いや」
「本当ですか?」
「ああ」
なぜこんなことを訊くのだろうか? 実は、メイは今朝レンヤに愛している女の話を聞いてから、そのことが気になって気になってしょうがなかったのだ。
嫉妬、と言っていいかはわからない。
「……帰ってきてくれますか?」
この質問に対する答えは、ちゃんと用意しておいた。
「生きていれば、必ず」
「……わかりました」
ふぅっ、と、いつの間にか緊張の輪に加わっていたリンも含めた三人は息を吐いた。
「食料を分けてくれないか。今から立つ」
「い、今からですか? ここから隣の村まで行くのに歩きで丸二日かかりますよ。まだお昼前ですから、これから暑くなってきますし、明日の朝にしてはどうですか?」
「〈ソード〉の男が言うには、俺は大分丈夫らしいから、大丈夫だ」
「……しゃれ?」
リンがポツリと呟いた。
「違う」
いつになく強く否定された。
食料、地図、ライター、ランプ、それにわずかばかりの着替えを鞄に入れた。研ぎ石もこの中に入っている。
地図を見せながらメイが、
「もし機会があったら、北の山に行ってみたらどうですか。北の山の賢者って言えば結構有名なんですよ。生きることについて考えている方だとか。もし……レンヤさんが何か悩んでいることがあるなら、会って見る価値はあると思いますよ」
行くかどうかは決めかねたが、一応うなずいておいた。
昼食時に全員が集まると、レンヤを門のところへと送り出した。
子供たちは口々に別れの言葉を述べていたが、やがてそれが収まると、メイとリンが代表して前に出た。
「じゃあ、いつでも帰ってきてくださいね」
「じゃあな。……あ、レン兄ぃ、名前はどうするんだよ」
レンヤもそのことは考えていた。だからすんなり答えることが出来た。
「俺は十五年間ダカナ・レンヤとして生きてきた。だが、ここが帰る場所になった。だから、レンヤ=G=ダカナと名乗ろうと思う」
考えた末の結論だったのだが、リンは別のところで驚いた。
「レン兄ぃ、十五歳だったの!?」
子供たちの間からも、驚愕の声が上った。
「俺より三つしか違わねぇじゃん」
そういうリンは十二歳。
孤児院にはあまり大人がいないため、肉体的に大人になっている人間の年齢を当てることが苦手なのである。
メイは苦笑。驚いてはいないが、予想通りというわけでもなかった。
レンヤは憮然とした表情でその場を去った。
自分はそんなに老けているだろうか、とか自問したが、どうでもいいのですぐに考えるのをやめた。
代わりに浮かんできた考えは、G……ゴールドの帰る場所があの孤児院ならば、これから向かうところはダカナの帰る場所だろう、ということだった。
「レンヤ君」
孤児院を出発して三時間ほどが過ぎたとき、名前を呼ばれた。
声のした方を向くと、いつの間にかそこに中肉中背で、枯色のフード付きマントを羽織った人間が立っていた。声からして男であろう。
「こんにちは。私はあなたに殺されたサックルの同僚です。といっても、〈ソード〉ではありません。〈シールド〉です」
レンヤはその声を、どこかで聞いたような気がしていた。どこか、つい最近、あの孤児院で……
「……行商人」
ずいぶんと声質も口調も違っていたが、なんとなく、あの行商人が思い起こされた。
「ほう、さすが異人鬼。わかりますか」
男は感心したような、というよりは嘲るような調子で言った。
「〈シールド〉の人間は戦闘が苦手でして、それ以外の芸が得意になります。例えば情報収集の為に、変装は必須です」
レンヤは腰の脇に吊るしてある銃に手を伸ばした。
それを見た男はわずかに見える口元を、ニヤリ、と歪ませる。
「あなたと戦ったら、私は死ぬでしょう。私はとても弱い。その事を踏まえて、私の話を聞いてください」
「……孤児院を襲った進化種は、おまえのせいか?」
「え? ええ。私の武器、生物の落ち着きを無くす《シールド》、《躁》の技です。少し落ち着きがなくなるだけならば、生物は臆病になるでしょう。ですが、ある一線を超えた不安は攻撃性へと変わるのです」
マントの端からちらりと覗かせたのは、レンヤの手の平ほどしかない、小さな丸盾だった。
それを見た瞬間少し心がざわついたが、見えなくなればすぐに落ち着いた。《躁》の能力を披露したのだろう。
「……なぜ、あんなことをした。俺が殺せればいいのではないのか」
「ええ。ですが、こちらの存在を周囲に気付かれるのは極力避けなければなりません。今は異人鬼が一匹ずつ、バラバラに生活しているから手の打ちようがありますが、自分たちが狙われていることに気付いて、集まって反撃してこられたら太刀打ちできませんから」
男は口以外全く動かすことなく話している。
「今度はこちらから話をさせてもらいます。この先に、銀月のものと思われる船が落ちていましたね。調査してみましたが――」
男の右肩が消え、腕が地面に落ちた。
銃弾を放ったレンヤは、叫んだ。
「ミアをどうした!!」
「……それは質問する態度ではないのではないですか」
そういいながら男は左手で懐から小さなスプレー缶を取り出し、傷口に吹きかけた。すると、その傷口からゆっくりと、腕が生えてきた。
「これは調整済みの進化剤……銀月、いえ、エデンの方にはスライムと言ったほうが良いでしょうか」
今度は左手が消えた。
レンヤは叫ぶ。
「ミアをどうした!? 答えろ!!」
銃口を向けられながら、男は新しい右手で地面に落ちたスプレー缶を拾い、左手も再生させ始めた。
「他のことは耳に入りませんか。ミアさんというのがどなたかは存じませんが、あそこにあったご遺体には何もしていません。いえ、何もできません。なにせ、腐っているお一人にはうかつに触れませんし、冷凍睡眠は我々SS社にとっても未知の技術ですからね。内臓電源が尽きるまで、手出しは出来ません」
「……何を、どこまで知っている?」
レンヤの口調は、いつも通りの無抑揚なものだった。
「ようやく冷静になっていただけましたね。まず一つ、質問に答えていただきたい。あなたはエデンの人間ですね」
「ああ」
「ふむ。SS社というのはですね、旧地球文明を強く引き継いでいるんです。ですが、どうしても分からないことが多い。特に使用方法のわからない道具というのは研究がなかなか進まない。そこで、あなたのような人材が重宝されるわけです」
「俺は異人鬼というものなのだろう? 言っておくが、自分を殺す道具の使い方を教えるつもりはない」
「ええ、そうでしょう。ですから、取引をしたい。あなたの安全と、あの船の権利をすべてあなたにお渡しする。代わりに、あなたの知識が欲しい」
「……お前等は旧地球文明を研究しているのだろう? ならば、あの船は喉から手が出るほど欲しいのではないか?」
「もちろんそうです。私も、先程まではあの船を取引材料に持ち出そうなんて思っていませんでした。あなたの反応を見たからですよ。あれを取引の材料に出さなければ、あなたは耳も貸さないだろうと思いまして。逆に、私たちからあの船を守ろうと、戦いを始めるかもしれません」
「だからといって、俺の為に船を諦めるのかどうかは疑わしい」
「上層部は、諦めないでしょう。ですが、偶然にもあの船のことはまだ上層部に報告しておりません」
「お前は、諦めるというのか?」
「……そうですね。そう、私はあなたを憎んでいる」
その言葉は、今までと口調も、声量も、全く変わりないものだった。
だが、レンヤは背筋を震わせた。
「私はサックルの友人なのですよ。仕事でも、彼と組んで長い。彼はいい奴でした。人間として、いい人間だった」
釈然としないレンヤの表情を見て、男はレンヤが何を言おうとしているか理解した。
「確かに彼は人を殺した。何千、もしかしたら何万の人間を殺しているでしょう。ですがそれは選択の余地がなくてのことなのです。〈ソード〉たる才能を持って生まれたからには、逃れられない義務だった。そう、サックルの話をしましょう。彼は平均的な能力の〈ソード〉でした。あの孤児院の監視をしている私と一緒に、日曜はここに来ます。他の日は、どこかの戦場にいます。更にそれ以外の時間、彼はある女性の元にいました」
レンヤがぴくりと反応した。
「そう、彼の妻です」
レンヤの中で、萎えていた罪悪感が膨れ上がった。
それに気付いているのかいないのか、男は話を続ける。
「可愛い奥さんで、しかししっかりした女性です。サックルが何をしているのかを理解していて、辛いときには励ましてくれると言っていました。サックルはあなたに殺されようとしたでしょう? それは作戦に失敗して処分された場合には、遺族への慰謝料が出ないからなのですよ。作戦中の殉職ならば、奥さんの一生はSS社によって保証される。彼は最後まで彼女のことを思っていた」
レンヤは罪悪感に押し潰され、今すぐ銃を捨て、男に殺されてもいいと思い始めていた。
「もし船を上層部が欲して、新たに来た〈ソード〉があなたを殺したら、サックルの功績は何もない。まあ、実際にないのだという話もありますが、それでは彼の奥さんが虚し過ぎる。もし、サックルに攻撃を受けたあなたが、身の安全と引き換えに情報を差し出してきたのならば、それはサックルの功績です。ですから、船よりもあなたの協力が欲しいのです、私は」
「…………」
無言で銃を下ろしたレンヤを見て、男は満足そうに笑みを浮かべた。
「そう、私が何者か、という質問には、まだ答えていませんでしたね。SS社というのも一つの答えなのですが、このSS、ソード&シールドという意味の他に……わかりませんか?」
もはやほとんど戦意を喪失していたレンヤは、ぼうっ、と男の言葉を聞いていた。
そして男は、彼の人生最大最後の蛇足を口にした。
「ローマ字で、Sが最初と真ん中につく団体名。……昇滅至団ですよ。エデンにもいたでしょう? SS社とは昇滅至団から発生した会社――」
一瞬のうちに十数発の弾を撃ったレンヤの目の前で、上半身のなくなった男――の残された下半身――が、どさり、と倒れた。
罪悪心はなかった。それよりも、レンヤの中にあったのは、大事な人を守れなかったことに対する苛立ち。
そう。自分がメイを守ろうとしたのだって、自分が大事な人を守れなかった代わりに、他人の大事な人を守ることで、過失を埋めようとしていたからなのだ。いや、決して取り戻せないものを、取り戻そうとしていたのかもしれない。
自分の気持ちに気付き、しかしそれにどう対応することも出来ず、レンヤは歩き出した。