月から落ちた死体の男

終章
輝く世界の中心

 

序幕 死

 報告書に目を通した義武は、緑茶を一口啜った。
  今回は手強かったな、と義武は思った。
  まだSS社が確認した異人鬼は八匹目だが、〈ソード〉二人に〈シールド〉一人、特殊要員一人という被害は最大のものだ。
  遺族への保証金で経理がうめくんだろうな、と思う義武の脳裏には同期入社で経理部にいる克樹が頭を抱えている姿が描かれていた。なんとなく、頬が緩んだ。
  書類をまとめ、昼食を取りに行く。
  食堂で克樹に出会い、〈ソード〉が死んだ話題を持ち出すと予想通り頭を抱えてうめき声を上げた。そのことは聞きたくない、だなんて言われたら、聞かせる他はない。
  その後、今度近くの町である『アベック武闘大会』という、アベック同士が戦って賞金を得るという微妙にシュールな大会の話をして、自分のデスクに戻った頃には午前中の報告書のことはほとんど忘れていた。

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 世界は、平々凡々とした変化を抱えながらいつも通りに進んでいた。

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第一幕 生

 目を覚ますと、青い空が広がっていた。
  視界の隅にラクラーの姿も見えた。
「起きましたか」
「……なに?」
  ゆっくりと上体を起こしたレンヤは、困惑した。
  確か、自分はラクラーに殺されたはずだが。
  胸を確認してみると、服には穴が開いていたが、肉体に外傷はない。ちなみに、リンから貰ったジャケットは、前を開けていたお陰で無事だった。
「どういう……こと?」
「偽装です。君と私を一旦仮死状態にして、それをSS社に確認させたんです。これで暫くは、私たちに追っ手は向けられないでしょう」
「仮死状態……そんなことができるの?」
「ええ。とはいえ、他人で試すのは初めてでしたが」
  軽くそう言ってのけたラクラーに、レンヤは半眼を向けた。
「本当に死んだらどうするつもりだったの?」
「いえ、まあ何とかなるかと」
  ふと、思いついたことを訊いてみる。
「それって、死んだ人間を生き返らせるようなことはできないの?」
「無理ですね」
  その答えに、レンヤはがっくりと肩を落とした。
「そうか……」
「ですが……」
  ラクラーが何か言いかけた瞬間、遠くからの声がそれを遮った。
「レン兄ぃ!」
「ああ」
  遠くからこちらに向かってくる人影は、リンだった。その距離では確実に聞こえない声量で返事をしたレンヤは座ったまま、ラクラーは立ったまま、リンがそこに辿り着くのを待った。
「はぁ、はぁ、ふぅ」
  と、息を整えてから、
「やっぱレン兄ぃだ。銀月がおっきくなって光って消えたから、レン兄ぃ関係じゃないかと思ってたんだ」
「ああ、うん。まあね」
「……? レン兄ぃ? なんか変じゃないか?」
  レンヤの口調のことを言っているのだろう。
「こっちが本当の僕だよ。今までは……まあ、少し無理してたんだ」
「ふ~ん。で、そっちの人は?」
  とりあえずレンヤがリンとラクラーを互いに紹介した。その後、話はレンヤのこれまでのこととなり、レンヤはリンにも黙っていたエデンでの話などを、包み隠さず話した。
  ラクラーもリンも、時々表情に驚きを浮かべながら、黙って聞いてくれた。
「――と、いうわけ」
  レンヤが全てを話し終えても、二人とも何も言わなかった。何も言えなかった。
  レンヤの方からその話題を打ち切ることにした。
「じゃあ、孤児院に帰ろうか」
「あ、うん」
  リンは元気のない返事を返した。
  レンヤとリンが立ち上がると、ラクラーも立ち上がった。
「ラクラーはどうするの?」
「そうですね。……ちょっと待ってください。考えてみます」
「孤児院で考えればいいんじゃない?」
「いや、待ってください」
  仕方ないので、レンヤは暫くリンと話していることにした。
  暫くは孤児院の近況などを聞いていたのだが、レンヤはふとあることを思い出し、そのことについて訊ねてみることにした。
「リン、あの進化種が大量に襲ってきたとき、僕が走っていくときに、何か言おうとしてたよね。あれってなんだったの?」
「え? ええと、なんだったかな……確かメイを守るとか、そういう話だったよな?」
  頭を抱えて唸った後、リンはついに思い出した。
「そうそう。メイが大事だって言ったらレン兄ぃ勝手に突っ走ってくからさ、俺は他の皆も守って欲しかったから、『でも、誰かが死んだらメイは悲しむ』って言おうとしたんだよ。メイを護衛することだけが、メイを守ることじゃないって意味でさ」
「ああ、そうか。確かに、そうだったね」
  考えは自然とあのとき逝ってしまった二人の子供のことに及んだ。
  それと同時に、レンヤには思いつくことがあった。
「……そうか。僕は――」
「よし、とりあえずついて行きましょう」
  突然横からラクラーが割り込んできた。
  一瞬、言おうとしていた言葉を言うのをやめようかと思ったが、ラクラーが、
「今のは何の話ですか?」
  と訊いて来たので、レンヤは答えることにした。
「僕は……僕の人生の目標って言うか、生き方を見つけたよ」
「ほう、それはどんな?」
  それは、彼女が口にしていた言葉だった。
  彼女の口から聞いたときには、それほど共感はできなかった。今も共感できていないが、彼女を悲しませない為に、そうしようと思う。
  それは、永遠を費やすに十分な目標。

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「世界に、愛と、幸せを」

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第二幕 或る詩人の詩

――城下町の広場に黒髪、黒い瞳の東方系の青年がいた。小さな弦楽器を持っている。どうやら詩人のようだ。
  さて、皆さん。本日はどの勇者についてお話しましょうか。
  歌うんじゃないのかって? 生憎、歌は苦手でして。いえいえ、僕は詩人と名乗った覚えはありません。楽器は伊達です。まったく弾けません。お話です。
  さて、では伝説の冒険者、キューブ=セイムの話などどうでしょう? なに、知らない? 少々古過ぎましたか。
  ではでは食の大陸の史上最強の料理戦士、ロモル=サイアー。なに、知らない? 少々遠過ぎましたか。
  ではではでは、南方部族の竜殺し、バファム・フォ・ガンヤなどは? なに、知らない? 南方部族はマイナー過ぎましたか。
  ではではではでは……ではを言うのも疲れましたね。そろそろ知っている名前を挙げましょうか。
  レンヤ=G=ダカナ。知っている? そうですよね。彼のことを知らない人間には、僕も会ったことがありません。
  彼の一番の偉業はなんでしょう? 世界共通語を広めたこと? それとも南方部族と文化の交流を行ったこと? はたまた魔法の技術を確立させたこと? 数多の国を救ったこと? モンスターの生態を調査したこと? 大陸中部の荒原に緑を根付かせたこと?
  ……言っててわかったんですけど、結構いろいろやってるんですね。
  あなたは何の話が聞きたいですか?
  え、彼は神族なのかって? ええ、まあ一般に神族と呼ばれている、不老難死であることは確かですね。なんせ、世界共通語を広めたのが今から百年くらい前なのに、いまだに外見は変わりませんからね。
  永遠は牢獄じゃないかって? あなた、詩人ですか? あ、さては、哲学者でしょう? 違う? パン屋? パン屋さんがこんな真昼間から油売ってていいんですか? え、配達の途中だった? あ、あ~あ、行っちゃった。
  質問した人はいなくなっちゃいましたけど、一応答えておきましょう。彼にとって永遠とは、決して苦痛ではなかった。
  確かにパーティーの仲間たちが老い、死んでいくのは辛かったですが、それでも、彼にとって永遠とは理想の楽園です。
  なぜなら彼には……
――レンヤさ~ん、という声が、通りの方から聞こえてきた。
  おっと、すみません。急用ですので、失礼します。ごきげんよう。
――青年が走り去った後、城の騎士がやってきた。
  あ、どなたか、レンヤ殿を見ませんでしたか? 瞳も髪も黒で、見た目は十七、八。
  ええ!? さっきまでここにいた!? レンヤ=G=ダカナについて語ってた!?
  はぁ~、まったく、あの方はおふざけが好きだなぁ。
  それで、どちらに行きましたか?
  え、なにがあったのか?
  う~ん、一応急がなければならないけれど、レンヤ殿が本気で逃げたら捕まえられっこないしなぁ……わかりました。お話しましょう。
  いえね、物騒な話じゃないんですよ。うちのお姫様が、レンヤ殿と結婚すると言い張ってましてね。もちろん、誰も本気にはしませんでしたが、王様が親ばか……あ、いえ、その、少しばかり子煩悩でして、挨拶に来ていたレンヤ殿に、結婚するまで城から出さないと言ってしまって……まあ、レンヤ殿が上手く断ってくださるのを期待していたようなのですが、あのレンヤ殿も口下手と言いましょうか……。それで、結局レンヤ殿は逃げ出しまして。今追っているんですが、まあ、絶対捕まえられませんよね。
――先程レンヤの走っていった通りから、大勢の騎士を引き連れたレンヤが戻ってきた。
  ああ、行かなくては。
  どうせ無理でしょうけどね。
  まったく、そもそも王様も姫様も無茶というものだ。

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 レンヤ殿には、あれほど愛し合っている奥様がいらっしゃるのだから。

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最終幕 大 団 円

「レンヤ、先ほど私は死んだ人間を生き返らせることは出来ない、と言いましたね」
「うん?」
  ラクラーは、どこか曖昧な笑顔でレンヤに声をかけてきた。
「あれは事実ですが、ただ特殊なケースというものがあり得まして」
「それは……あ、いや、何の話?」
  それは、の後に続く言葉は、恐ろしくて言えなかった。だって、そんなことが叶うはずがないじゃないか。
「もちろん、普通は叶うはずがないのですが……お耳を拝借しますよ」
  ラクラーはレンヤの耳元に口を寄せると、ごにょごにょごにょ、ごにょにょにょ、ごにょ? ごにょ、ごにょと囁いた。
「なあ、二人とも何の話してんだ?」
  隣を歩いていたリンの問いかけは放置された。レンヤにとって、その情報はそれだけ重大なものだった。
「本当に? だって、上手く行くわけがない。大体、万が一成功したとして、そんな都合の良いことが本当に起こるかどうか」
「物は試しです。行ってみましょうか」
「なぁなぁなぁ、何の話だよ! 話して見ろよ、俺だって役に立つぜ? なぁ」
  深く考え込んでいてリンの質問が耳に入っていないレンヤの代りに、ラクラーが答えた。
「そうですね。強いて言えば、愛を取り戻せ、という話です」
  よく、わからなかった。

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 そして、愛と幸せが――

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(了)

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