シナリオ「砂漠のような街の水っぽい人々」

○道(夜)

 道を歩いている男二人。

男1「で、そいつ中国人なのに中国語話せないって言うんだぜ。国籍はアメリカらしいのに、英語も無理。在日中国系アメリカ人二世だから日本語しか喋れないって、なんだよ、その在日」

男2「はぁ」

男1「中国――どうした、好きな子でもできたか?」

男2「うん」

男1「マジでか! 相手は誰なんだよ?」

男2「ゼミで一緒の、中――」

 突然、背後からとび蹴りされふっとぶ男1。

 とび蹴りをした雅之。男1を見下ろす。

雅之「夜道に気をつけろっつったでしょー」

 呆然としている男2。男2を見る雅之。

雅之「帰れお前。帰って、宿題やれ。宿題。宿題やんねーと、偉くなれねーぞ」

 後ずさりする男2。男1の表情を伺う。苦しそうな男1。でも結局逃げる男2。

 男2が立ち去ってから、上体を持ち上げる男1。

男1「お前、サラ金屋だろうが! 借金取りがこんなことして良いと思ってんのかよ!」

 男1のあごを蹴る雅之。

雅之「良いんだよ金持ってる奴は、人蹴ってもよ!」

 倒れた男1に更に蹴りを入れる雅之。


○いかがわしい感じのピンク色な部屋(夜)

 ベッドの上に座る男3。隣には千歳。

男3「(計帯電話に向かって)おう、わかった。じゃあ後は任せたぜ」

 携帯電話を切る男3。

男3「ちっ、やっかいな野郎が戻ってきやがった」

○街の路地裏(夜)

 駐輪場に座りこんでいるスーツの泰明。

 そこへやってきて、泰明のそばで立ち止まる女1。いやそうな表情で泰明に近づく。

女1「あの……ちょっとどいてもらえますか?」

 泰明が顔を上げる。女の顔をみて、怪訝そうにする。

女1「……あの?」

泰明「(ぼそっと)マナエ」


 フラッシュバック。白い画面にマナエの声。

マナエ「お父さん」


 女の顔に自分の顔を近づける泰明。顔を覗き込む。

泰明「(ぼそっと)……マナエ?」

女1「え?」

 女の唇の端から、血が一筋流れる。


○いかがわしい感じのピンク色な部屋(夜)

 携帯を持ったまま考え込む男3。隣から声がかけられる。

千歳「どうかしたのかい?」

男3「あ? なんでもねえさ。なんでもよ~」

 言いながら、上体をひねらせ千歳の前に覆いかぶさろうとする男。その胸を押しのける千歳。

千歳「先に風呂、入ろうよ。一緒にさ」

男3「んー、そうか?」


○街の路地裏(夜)

 ごぼごぼと血を吐く女。

 女ののどに突き刺していた、金属製の串を抜く泰明。

 倒れた女を、興味なさそうに一瞥したあと、歩き出す。



○いかがわしい感じのピンク色な部屋(夜)

 男のシャツに手を伸ばし、ボタンをはずしてやる千歳。ボタンをはずし終えると男の後ろに回りこむ。

男3「いや、やっぱり風呂はいいから、このまま」

 千歳はシャツで男の手を後ろ手に縛り上げると、男を仰向けに引っ張り倒す。ひざで男の胸を押さえ、マクラの下に隠してあったドスを引き抜き男ののど下に突きつける。

千歳「ああ、あたしもやっぱり風呂はいいや。風呂にはあんた一人で沈んでておくれよ。それがいやなら、そう……あの男の居場所、あたしに教えな」

男3「ちっ……あのキチガイなら、隣町に戻ってきたってよ」


○街の路地裏(夜)

 歩いている泰明。


○いかがわしい感じのピンク色な部屋(夜)

千歳「そうかい」

男3「ああ」

千歳「……おや、そういえばあんた、私の家族を殺しやしなかったっけ?」

男3「なに? (はっ、として)お前、清水んとこの」

 ドスを突き立てる千歳。返り血を浴びる。


○街の路地裏(夜)

 周囲の町を見渡す泰明。


○道(夜)

 ぼこぼこになっている男1。

男1「がっ――っは」

雅之「ったく。今後。無断で。人前からばっくれんなよー」

 自分の服装を整えてから、チュッパチャップスプリン味を舐める雅之。

雅之「なあ、仲良くやろうぜ。警察行っても逃げてもさ、俺たちは切っても切っても切っても……まあそんな仲なんだよ。頑張ろうぜ、人生まだまだまだまだ……まあ、これからだろ。もったいない」


(タイトル)


○和室(昼)

 しかめっ面のチン・ピラ。

チン「いいか。カシラはせんだって五代目を襲名なされたばかりだ。前に出たらまず、おーめーでーとうーごーざーいますっ、と、そう言うんだわかったな」

吉田「ああ。おーめーでー」

チン「伸ばすな! びしっと言え! びしっと!」

吉田「…………」

――――――――――――――――――――――――

吉田「この度は、五代目ご就任おめでとうございます」

稲吉「おう。(外に向かって)茶漬け持って来い!」

 お盆を持って入ってくるチン。

稲吉「まあ顔上げな」

 顔を上げる吉田。吉田は眉根を寄せる。

 稲吉が、お盆の上に乗った茶碗に永谷園の茶漬けの素だけを居れ、上から急須の茶を注いでいる。

 チンが部屋を立ち去る。立ち去り際、じろっと吉田をにらむ。

稲吉「で?」

吉田「はい。俺のツレがあなたのところの商品に手ぇだした落とし前、言われたとおり六百万、もってきました」

稲吉「おう。よくやった。で?」

吉田「あと一千万払えといわれました」

稲吉「六百は手付けだ。で?」

吉田「俺を組に入れてください」

稲吉「これぁ、茶漬けだと思うか?」

吉田「いいえ」

稲吉「味も香りも茶漬けでもか」

吉田「はい」

稲吉「なんでだ?」

吉田「ご飯が入ってません」

稲吉「おう。医者に炭水化物は控えるようにってな。だがいくら具が入ってようと、飯がなけりゃ茶漬けじゃねえ。……うちの組はこの茶漬けと同じだ。中身がねえ。仁義がねぇ。金儲け金儲け。悪くはねぇが、それだけじゃ足りねえ。俺ぁ極道の家に生まれたクチだが、昔はよ、清水の次郎長は夢として、まあ菅原文太さんみてぇになりたいと思ったわけだ。わかるか?」

吉田「仁義無き戦いとか」

稲吉「おう。(突然黙り込み)……ツレの不始末しょいこんで、大金払った挙句、ツレのために代紋背負おうなんて、そんな高倉健さんみてぇなやつはそうはいねえ。俺の代になって最初の杯受けるからにはお前、茶漬けの飯になるんだぜ」

吉田「じゃあ」

稲吉「だが一千万は一千万だ。払えなきゃ殺す」


○ホテル前(昼)

 ホテルから男と出てくるマナエ。手を振って分かれる。


○駐車場屋上

 行き交う人々を見下ろすマナエ。その後ろに立つ千歳。しばらく話しかけず、マナエを見つめる。

千歳「……よう」

マナエ「わっ」

 振り返り、千歳を見ると安堵して、

マナエ「驚かさないでよ。痴漢と間違えてキンタマ蹴り潰しそうになったでしょ」

千歳「そいつあいい。無いキンタマをどう蹴り潰すか。こいつぁトンチだねえ」

マナエ「なにそれ」

 千歳に背を向けるマナエ。

千歳「仕事終わりかい?」

マナエ「まーね。あ、それがさ、(振り向いて)さっきの客ひどくてさ。早いのなんのって、指で触っただけで即イっちゃって、そしたらぶひぃぶひぃ息はきながら『あ、ありがとうございました』ーとか言って、それで終わり。あの白豚、あんなんでよく昼間っから女子高生買おうなんて思えたもんだね」

千歳「はっ。けどま、二十歳超えた女子高生に言われるんじゃ、白豚も可愛そうってもんだ」

マナエ「うるさいなー。この売女!」

千歳「おまえもだろ、淫売」

また背を向けるマナエ。

マナエ「おトセさんは年相応に皮肉好きで困る」

千歳「あんたは年甲斐が無さ過ぎる。いまどきそんな格好、流行ぁしないだろうに」

 路上の一点を見つめ、硬直するマナエ。

マナエ「嘘だ……」

千歳「は?」

マナエ「嘘……」

 突然走り出すマナエ。


○ロータリー下

 人ごみの中、不安げに周囲を見回すマナエ。

マナエ「……お父さん?」


○ロータリー傍

 猫背でうつむき加減に、ゆっくりと歩いている泰明。

 いったん立ち止まると周囲を見渡すと、わき道に逸れる。


 鞄二つを抱えて走っている雅之。左腕からは血がたれている。疲れ果てて立ち停まる。ビルに寄りかかると、鞄を足元に置き、ポケットから取り出したグリコを一つぶ口に運ぶ。一息ついて鞄を持ち上げる。


 金属串を投げる泰明の手。


 ぶすっ、と音がして、雅之が胸の前に抱えている鞄に金属串が刺さる。

雅之「ち……くしょ」

 ビルの壁沿いに回りこむ雅之。直後、雅之のいた場所に立て続けに金属串。


 更に串を投げようとして、止める泰明の手。

 雅之の去った方向を見つめると、全く別方向に歩き出す。


○狭い路地

 よたよたとした足取りの雅之。壁を背に、グリコの最後の一粒を口に運び箱を握りつぶし足元に捨てる。携帯電話をかける。目はずっと忙しげに動いている。

雅之「……あ、鷹司さん! 吉田の野郎、気が狂ってる!」

鷹司『なにかあったのか?』

雅之「キチガイが俺を殺そうとしてる! 絶対、吉田の仲間だ! だいたい薬中囲ってゲロまみれで、とにかく絶対頭がいかれてる!」

鷹司『ふーん』

雅之「とにかく兵隊か車をよこしてもらえませんか? いま、郵便局裏にいるんで」

鷹司『わかった。とにかくそこにいろ。何かあったら連絡しろ』

 一息ついて、ポケットの中を探る雅之。出てきたのはシゲキックスの空き袋。中身が空なのをみて、袋を地面に叩きつける。

路地の端から、慎重に道を覗く雅之。

雅之「(独白)今日会った人間は……キチガイと、キチガイと、あとキチガイ。ああ、もうキチガイいたな。世の中面白すぎて、嫌気が差すぜ」

 突然、勢い良く振り返る雅之。吉田が、両手を挙げて立っている。

吉田「ここらで和解しよう。お前は死にたくないだろうし、俺も殺したいってわけじゃないし。もとからお互い、利害が一致してないわけじゃない。その金をよこせば、命は保障する。これは破格の厚遇だって」

雅之「顔についてるケツの穴からおかしなこと言うなよ。吉田ぁ~」


○食堂

 テーブルでねるねるねるねをねっている雅之。

雅之「吉田?」

 向かい合って座っている鷹司。鷹司の前にもねるねるねるね。

鷹司「お前、吉田と同期だろ」

雅之「そりゃまあ、会社設立時からのメンバーっすからね」

鷹司「吉田のこと、どう思う? 印象とか」

雅之「……要領がいいっすよね。苦労は人に押し付けて、楽なとこだけちゃっかり参加して」

鷹司「ずるい?」

雅之「(笑って)あー、まあ。はっきりいえば。そう、ずるい奴ですよ。前から言ってますけど俺、あいつを支店長にした理由がわかんないっすもん。あいつは人の間にいたら役に立つでしょうけど、人の上に立っても役には立たないでしょう」

 ねるねるねるねを口に運ぶ雅之。

鷹司「(笑って)耳が痛い」

雅之「は?」

鷹司「吉田なぁ。支店の金を持ち逃げした」

雅之「……ずりぃ」

鷹司「捜索は専門の連中に任せるけど、支店のほうの維持、お前に任せたい」

 テーブルの下から鞄を二つ上げ。

鷹司「当面の運転資金だ。コレもって明日、支店の方行ってくれ」

雅之「……支店長、ってことっすか?」

鷹司「お前はまじめすぎるとこがあるが、まあそれも美点のうちだ。十分やれるだろう。昔から、お前は期待に答えてくれたしな」

雅之「思えば、短い人生のわりには長い付き合いですね、生徒会長」

 少しだけドキッとする鷹司。相手には悟らせず。

鷹司「朝日高校生徒会か。俺とお前以外のメンツは、まだ大学生やってるらしいな」

雅之「俺らの存在は、いい話題づくりになってるみたいっすよ」

 席を立つ雅之。鞄を手にかけ、ついでに手付かずになっている鷹司のねるねるねるねを見る。

雅之「……それ、食べないんすか?」

鷹司「家で食べる」

 ねるねるねるねを引っ込める鷹司。


○支店

 書類を片手に鞄を持って部屋に入ってくる雅之。部屋の中は、ゴミ以外何も無い。

雅之「何も無い。(辺りを見回し)誰も居ねえ」

 鞄を置く雅之。

雅之「金庫もないのかよ。護衛、返すんじゃなかったな」

 シゲキックスを口にする雅之。

○食堂(回想)

鷹司「暇があったら、早いうち吉田の家も覗いて見てくれるか? もう居なくなってるとは思うけど、第三者には見られちゃまずいもんがあるかもしれない」


○町

 暗い階段を下っていく雅之。鞄を担いでいる。


○アパート内

 書類を確認しながら廊下を進む雅之。

 あるドアの前に立つと、ポケットの鍵を差し込む。回す、が、手ごたえがない。

雅之「取るものもとらずに、ってか」

 ドアを開ける。ドア傍の流しには大量の空カップ麺や汚れ物。あまりの異臭に鼻を摘み顔をしかめる。部屋の置くから音楽が流れている。

 怪訝そうな顔で、体をこわばらせながら短い廊下を進み、扉を開ける。

 六人ほどの、厚着をした顔色の悪い人間が絡まりあいながら寝そべっている。

 奥の一人がゲロを吐く。それを見て一人が大声で笑う。

 表情を引きつらせる雅之に、いつのまにか立ち上がっていた一人が声をかける。

神代「あー、誰だっけ。どこで会ったっけ。あー、あれ? あれ?」

 その間、他の一人が寝そべりながら、携帯電話のカメラで、何度も繰り返し雅之を撮影している。

 きびすを返す雅之。背後でゲロを吐く声。


 部屋の外に出る雅之。激しく息をつく。

 シゲキックスの最後の一粒を口にいれ、噛みながら息を整える。

吉田「あれ、雅之」

 声に顔を上げると、吉田が廊下に立っている。

 一瞬あっけに取られてから、激しく吉田に詰め寄る雅之。

雅之「吉田っ!」

 吉田の肩を掴む。吉田は一向に逃げようともしない。

雅之「(ちょっと手持ち無沙汰に)……なんで逃げねえんだよ」

吉田「そうか、お前が送り込まれたか。(目で雅之が床に置いた鞄を見て)なあ、お前、俺と何年仕事してる?」


 部屋の中、根っこ路画っていた神代が、ふと思い出す。

神代「ああ、そうだ、携帯貸せ」

 さきほど雅之を撮影していた男の携帯を奪い取る。写真を確認してからメールを打ち始める神代。


 部屋の外。

雅之「金はどうした?」

吉田「まあ待てよ。俺が、ただ金を持ち逃げする何て、そんなリスクの高いことするような人間か? もっと小賢しくて小ずるい人間だろ、俺は?」

 吉田をにらみ続ける雅之。

吉田「俺がこんなことするからには、社長の。鷹司の金を安全に持ち逃げする策があるに決まってるだろ」


 部屋の中。

男「な――――――にやってんの?」

神代「殺し屋に連絡してんの」

男「こぼし屋?」

神代「まあ、殺し屋というよりキチガイだな。娘がいるらしいんだけど、頭がいっちゃってて記憶がない。娘の記憶は唯一、人を殺した瞬間にだけ、フラッシュバックする。だからせっせと人を殺す」

男「ふーん」

神代「どうせ、自分の娘も殺しちまってんだろうさ」


 部屋の外。

吉田「俺は鷹司の弱みを握ってる。雅之、俺の仲間になれよ」

雅之「ああ?」

吉田「お前はあの会社で、鷹司の次に有能で、便器の次に清潔だった。信用してんだよ? 俺はお前のこと」


 部屋の中。

男「そのキチガイのこぼし屋に連絡して同寸の」

神代「お前、ちゃんと聞いとけよ。次にこの部屋に入ってきた奴は殺せ。そう言ってたろ吉田が」


○狭い路地

 場面、現在に戻る。地面に捨てられたシゲキックスの空袋を踏みつける雅之。

雅之「吉田。改めて言う。俺は鷹司さんの下以外で働く気はねえ」

吉田「お前は意地になってる。鷹司は有能だけど、その有能さは、部下の為になるもんじゃない。むしろその真逆。現にお前はいま、貧乏くじを引かされているのにも気付いてない」

雅之「ああ?」

吉田「お前がここにいるって、俺に教えたのは鷹司だ」

雅之「信じられるか」

 じりじりと後ろに下がる雅之。逃げようとしている。

吉田「いま逃げたら、お前殺されるぞ。乗り換えるなら今しかない。鷹司は、今回の責任をぜんぶお前にかぶせる気だ」

雅之「信じられるかよ!」

 駆け出す雅之。背後からその肩に刺さる串。

 吉田が背後を振り向くと、泰明がいる。ゆらゆらと吉田の横を通り過ぎる泰明。

吉田「おつかれさま」

 だまって通り過ぎる。

吉田「さまー、さまー、さまー、っと」


○道端

 右手に鞄を二つもち、左腕を振らないようにして走る雅之。

 千歳にぶつかり転ぶ。すぐに立ち上がろうとする。

千歳「待ちな」

 倒れたまま上目遣いに振り向く雅之。千歳とマナエが立っている。

マナエ「……お客?」

千歳「なわけないだろ」

マナエ「だって、精液臭い息をハアハアしてるから」

千歳「(雅之の様子を見て)ハアハアもヒイヒイも言うだろうさ。あんた、その傷、誰にやられた?」

雅之「あ? なんだよお前ら」

 立ち上がる雅之。その顔を改めて見て、マナエが突然背を向ける。

千歳「別段、ただの立ちんぼさ。答えてくれたら一晩相手してやろうか」

雅之「……よそ当たれ」

 振り返ろうとする雅之。

千歳「返答しだいによっちゃあ、かくまってやろうか?」

 雅之の歩みが止まる。

雅之「……(胡乱げに、二人をじろじろ見てから)誰にって言われても、変な男だよ。よれよれのスーツ姿で、頭に包帯を巻いてる」

千歳「エモノは?」

雅之「(少し考えて)……ちっ。これだよ。(ポケットから取り出して)さっきまで俺の肩に刺さってたんだ」

 息を呑む千歳。

千歳「……素直に答えてくれたようだね。じゃあ、そうさね。しばらくここで待ってておくれよ。すぐ戻る。いくよマナエ」

 雅之に背を向けたまま、ギクシャクと移動するマナエ。


 少し離れた場所。早歩きで歩きつつ。

千歳「マナエ、あんた、さっきの男、知り合いかい?」

マナエ「ち、違う違う。おトセさんの目、腐った豚の睾丸じゃないの?」

千歳「……(考えて)あ、(うれしそうに)同級生か」

マナエ「ば、馬鹿なことばっかり言ってると、その首ねじ切ってホームレスのチンコ植え込むからね」

千歳「はっ、かわいいもんだ。いいじゃないか、二十歳過ぎの同級生に制服姿みられるくらい。喜んでくれるかもしれないじゃないか」

マナエ「梅毒が脳に回って死んじゃえ!」

 ふと、千歳が立ち止まる。笑顔が真顔になっている。

千歳「マナエ。今日一日、あの男のいた辺りに近寄っちゃいけないよ」

マナエ「え?」

千歳「……危ないからね。じゃ、あたしあ用事が出来たから、ちょっと別行動だ」

マナエ「え、あの、雅之くんは」

千歳「ああ、さっきの男かい? 助けられたら助けるさ、心配いらないよ。じゃあ、気をつけておきな」

マナエ「え、おトセさん。え、」

 早歩きで去っていく千歳。残されるマナエ。

マナエ「(うつむいて、どこかへ歩き去ろうとして、でも立ち止まり)でも、今日はお父さんを見かけた気がしたから」

 最初に歩き去ろうとした方向とは反対側へ歩き始めるマナエ。


○コインロッカー(ここらへんから夕方)

 コインロッカーから鞄を出す千歳。

 人気の無いところまでもって言ってから、中を開ける。中には一振りのドス。


○路上

 左肩を抑えたまま、壁にもたれかかり、携帯をかける雅之。

雅之「あ、鷹司さん。……ああ。場所移りました、場所は……(周囲を見渡し、地下駐車場入り口が目に留まる)パチンコ屋の裏の、地下駐車場っす。はい、待ってます」

 そのまま、道の隅に座っている。

 と、吉田他、数名が地下駐車場に入っていく。

 携帯を地面に叩きつける雅之。

雅之「俺が何年、あんたのために仕事してきたと!」

 携帯をぶっこわす雅之。

 ふと、気配に顔を上げる。

 泰明が立っている。思わず体をすくめ、目を閉じる雅之。

 しばらくして、恐る恐る目を開ける。泰明はいない。

雅之「……え?」


○路地裏

 ひざを抱えて座って、道行く人を眺めているマナエ。

マナエ「(顔を伏せ)お父さん」

 顔を上げると、そこに泰明が立っている。


○路上

 呆然とする雅之の横に千歳が走り寄る。

千歳「奴はなんで仕掛けてこなかったんだ?」

雅之「(首を振る)」

千歳「ちっ……」

雅之「……あいつのこと、なんか知ってるのか?」

千歳「ま、囮になってもらったよしみだ。あの男は、あたしの一家郎党、軒並み虐殺した男なのさ」


○路地裏

マナエ「お父さん」

 泰明に近づくマナエ。ぼうっとマナエを見ている泰明。

マナエ「お父さんでしょ? わたしだよマナエだよ。六年前も、この征服着てたでしょ? 覚えてない?」

泰明「マナエ」

マナエ「お父さん」

 ゆっくりと、泰明に一歩の距離にまで近づくマナエ。

 ゆっくりと、泰明は腰元から、串を1本引き抜く。

マナエ「会いたかった。なんで急にいなくなったの? 去年、お父さんが……人を殺してる人だって聞いたよ。でも、お父さんはお父さんだよ。わたしには優しいお父さんだよ」

 泰明の持った串が、無造作にマナエの咽喉元に突き立てられようとする。瞬間、泰明が反転し、背後に串を投げつける。

 背後に立っていた、ドスを抜いた千歳は串を避けるがよけきれず、頬に一筋、血が流れる。

千歳「ちっ。人の妹分に手ぇだすんじゃないよ」

マナエ「おトセさん? 違うの、この人は、ずっと探してた、私のお父さんで」

千歳「ああ。娘のあんたを連れてりゃあ、いつか現れるかと思っていたよ」

マナエ「え?」

千歳「極道だったあたしの一家郎党、皆まで殺した竹川泰明。一家の仇」

マナエ「……どういうこと?」

千歳「あんたを連れて歩いていたのも全て、その男を殺すためのこと」

マナエ「や、やめてよおトセさん。やめて。やめてよ。殺す、なんて。私のお父さんなの。私が謝るから、何でもするから」

千歳「うるさいね! おまえにゃ情が移りもしたが、でも、それがどうしたってんだ。それがなんだってんだ。……あんた、場違いだよ。消えうせな」

 じりじりと、泰明に近づく千歳。ある距離で、泰明が串を投げる。ドスでそれをはじきながら、駆け出す千歳。

 ドスを突き出すその手を、泰明の串が横合いから貫く。そうしてドスをかわした泰明は、新しい串を手に千歳の咽喉の着きたてようとする。

 ぐちゃ、と血が飛び散る。

 倒れる泰明。呆然とそれを見る千歳。コンクリのブロックを持ったマナエ。泰明に馬乗りになってコンクリを振り下ろす。

マナエ「なんで! いつも! いつも! 私の幸せを壊さないで! 私の前から居なくならないで! 私のお姉ちゃんを殺さないでよ! お父さん。お父さん……」

 飛び散る血に、手は血まみれ、体もまだらに血を浴びたマナエ。手を止めて、咽ぶ。

千歳「マナエ」

 マナエの、血まみれの左手を取り、自分の頬に触れさせる。

千歳「マナエ。大丈夫。あたしも、ずっと一緒に居てやる」

 ボタボタと涙を流すマナエ。

 マナエを立ち上がらせ、最後に泰明に一瞥してから、その場を去ろうとする千歳とマナエ。

 ごとっ、と音がする。

千歳「ちっ」

 マナエの襟首つかんで自分の後ろに引っ張る。

 千歳の顔面に串が刺さる。

千歳「あんたはいつまでこの子を苦しませるつもりだい!」

 更に数本を顔面に受けながら走り寄り、泰明の咽喉をドスで貫く。血を吐き、倒れる泰明。一緒にくず折れる千歳。

千歳「あんたさえいなきゃ、幸せになれる子なんだ! あんたや、あたしとは違う。まっとうに生きられる子なんだよ!」

 半身振り返る千歳。見えないほうの顔に、突き立つ串が見える。

千歳「マナエ。十回お経を唱えたら、あたしの上着着て公園まで走っていって、顔と手を洗いな。あんた、血まみれだからね。そしたら、もう全部忘れて、堂々と生きてきゃいいさ」

マナエ「……やだ……無理」

千歳「無理ってななんだい。まあ、そうだね。忘れられないってなら、あたしのこたせいぜい綺麗な思い出にしておくれよ」

マナエ「おトセさん」

千歳「言いたいことすっかり言えるたあ、いい死に様じゃないか。……マナエ。さっき、あたしのことお姉ちゃんっ……て……ぃ」

 しゃべらなくなる千歳。

マナエ「…………」

 息を荒くしながら、合掌するマナエ。


○街(夜)

 街の景色。


○街(朝)

 マンションの非常階段に、頭を抱えてうずくまっていた雅之。目が覚めて、ぼんやり起き上がり、次にはっとして周囲を見回す。

雅之「……ああ。どう……しよう」

 ポケットの中をまさぐるが、何も出てこない。


○コンビニ前

 雅之がコンビニから出てくると、目の前を千歳の上着を着たマナエが通る。

雅之「あ」

 声にマナエが振り返る。顔や手は綺麗になっているが、制服にはまだ血の跡が残っている。

雅之「あ、いや、人違い……」

マナエ「雅之くん」

雅之「え? あれ、えっとー」

マナエ「中学のとき一緒だった。竹川」

雅之「ああ。久しぶり」

マナエ「うん」

 歩き出す二人。

マナエ「いま、何してるの?」

雅之「わかんない。……いや、どっか、遠いところに行こうと思ってんだ。ずーっと遠いところ」

マナエ「……ねえ、私も行っていい? 一緒に」

雅之「は? なんだ?」

マナエ「行きたいの。いいでしょ?」

雅之「……竹川、俺のこと殺そうとか……するわけないか」

マナエ「なに?」

雅之「いや、昨日からこっち、人間不信気味で。でもまあ、いいか」

マナエ「行こう」


(終わり)

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