レモン
「レモンが食べたいな」
妻の一言にはっとした。妻は妊娠をしていた。それは当然の願いだ。妻は悪くない。
悪いのはこの世界だ。レモンのなくなったこの世界だ。
「ごめん」
妻を残して世界を旅した。心残りはある。だが大丈夫。家にいる限り、妻は大丈夫。
でもレモンは食べれない。だから僕が世界を旅した。レモンを探し求めて。
死の風吹くひび割れた大地。赤い空から見下ろす悪魔の眼。まるで地獄の底のよう。
防護服の中、皮膚が爛れ、血が流れ、毛が抜け歯が溶けた。さも地獄の亡者のように。
かつて人は遺した。そこに希望を。未来に夢を。自分に試練を。レモンの種を。
安全を切り抜いた箱庭で、僕は種を手にして、死神に手を取られた。
種と死。一石二鳥の方策。僕は僕の身体に種を植える。僕の命を吸え。
僕の子は生まれたか。妻よ。次の夫の子を宿せ。そこに僕のレモンを届けよう。
だから、すまない。この手紙を読む旅人よ。もし目の前にレモンの木があるならば、
届けて欲しい。僕を、そこに。
――レモンの花言葉を「心からの思慕」と言う。













